戴き小説「23時」(遙か3・ヒノ×望)
■ 23時 ■
時刻は、23時。
街の灯りが消え、満天の星が空を彩る時刻。
凛とした冬の透明な空気の中で輝くそれらは、
キラリキラリと瞬いて、深まる夜を楽しもうと誘う。
「今日も一日、皆と一緒で楽しかったなぁ」
硝子の向こうにある、誘惑の光りを目にしながら、窓際に立つ望美。
その口元は綻んでいる。
「異世界の皆が、私の世界にいる……凄いことだよね」
喜んでばかりはいられない状況、にあるのは分かっている。
それでも、楽しく過ごした一日を思い出す度に、
『仲間』が近くにいる喜びを、噛み締めてしまう。
「皆、もう寝たのかな……」
隣を見れば、まだ電気がついている部屋がいくつかある。
誰が起きているのだろうと考えて、
ふいに一人の顔が浮かび、頭を振った。
「なんで、一人だけ浮かぶんだろう」
その理由に、なんとなく心当たりがある。
でも、それを認めるには、まだ勇気が足りない。
彼から捧げられる言葉が、
見も心も蕩けるようなものばかりだとしても。
「本気なのか、からかっているのか、分からないから……」
ぽつりと言って、望美はもう一度頭を振った。
「って、考え事してる場合じゃないよね。
さ、さーて。本当に寝ないと。明日も皆で出かけるんだし!」
望美はわざとらしく大きな声で言って、
カーテンを閉めると、電気を消す為に、
部屋の入口近くにあるスイッチへと、足早に向かった。
まだ頭の隅に残っている、緋色を遠ざけるように。
「おやすみなさい」
自分自身に就寝の挨拶をして、灯りの電源をオフにした瞬間。
ひゅっという冷たい風が足元を過ぎた。
カーテンのバタバタと踊る影が、月明かりで部屋の壁に映る。
そして、コンッという壁を叩く音が耳に届いた。
驚いて、振り向けば。
開かれた窓と星を背に、鮮やかに笑う男性(ひと)がいる。
「こんばんは、姫君。
今日は星が明るいね……これなら『らいと』も必要ないかな」
「ヒノエ君っ!?」
さっきから頭に浮かんで、なかなか消えない男性(ひと)が、
くっきりはっきり姿を見せている現実に、
望美はくらりと眩暈を起こした。
「な……何してるの!?」
「随分驚いた顔をしてるね。
ふふっ、戸締り不十分だよ。姫君」
「戸締り不十分っていう話じゃなくて、
突然部屋に入ってきたら駄目だよ!」
歩み寄るヒノエに、眉根を寄せて言えば、
大袈裟に肩を竦められた。
「壁を叩いて『のっく』はしたけど?
あぁ、靴もちゃんと脱いでいるよ」
「靴とかそういう問題じゃないし、
ノックは部屋に入る前にするものなの!
というか、また窓から……はぁ」
前科があるだけに、深い溜息になってしまう。
「お前の驚き顔が、愛らしいのが悪い。
と思って、諦めるんだね」
「あ……愛らしいって……また、そういうこと言う……」
「ん?顔が赤いね。
怒っているのかい?それとも、恥らってる?」
目の前で立ち止まって、顔を覗きこまれる。
紅玉の瞳は、薄い闇の中で見ると石榴の赤に近くて。
魅惑の力を強めた色に、鼓動が跳ねた。
「も、勿論、怒ってるんだよ!」
それを悟られたくなくて、
頬を膨らませ、怒っているという形を作っても、
反省の色は無く、不敵に笑われるだけだった。
「ふふっ……それで怒っているつもりかい?
まぁ、どちらでも、姫君が眠るまでの一時を、
オレが奪うのは変わらないんだけどね」
サラリと、とんでも発言。
に、望美の目が点になる。
「一時って、いつまでここにいる気なの?」
「姫君の寝顔を見るまで。だけど?」
更に続く、とんでも発言。
に、顔色が赤と青を行ったり来たりする。
寝顔なんて、絶対見せられない!
言葉にしなくても、表情で伝わったのか、
ヒノエが軽く片目をつぶって、小さく笑った。
「些細なことは気にせず。さぁ、褥に……姫君」
「全然些細じゃないよっ!そんなの……こ、困るし」
一歩下がって、けれど、すぐに距離を縮められて、
トンッと心臓の上を軽く指でノックされた。
本当に困ってる?オレを追い出したい?
問いかけに、息を飲む。
何も言い返せないのは、
今、ここにヒノエがいて、蜜の言葉を並べられて、
嬉しいと心の隅で思っている自分がいるから。
「返事が無いってことは、困ってないみたいだね」
「それは!……わっ!」
反論を紡ぐ前に、突然揺れた視界に、望美は目を見開いた。
「運んであげるよ」
「え!?」
驚きの声を上げても、
攫うように抱き上げられた体は、あっという間にベッドに運ばれ、
ふかふかの布団をかけられた。
「う……お願いだから、見ないでよ……」
「それは姫君の願いでも、叶えられないかな」
床に膝を、ベッドの上に肘をついて、
ヒノエは楽しそうに自分の姿を眺めている。
寝顔を見る。という宣言を本当にする為に。
「ところで……姫君は『幼馴染』に見せたんだろ?寝顔を」
「へ?」
「そんな話があっちで出てね……」
あっちと指差す方向には、有川家がある。
望美は瞬きを繰り返した。
「そんなの昔の話だよ?
一緒にお昼寝してたような子供の頃の話」
「じゃあ、大人のお前の寝顔は、オレだけのものだね」
ね、可愛い寝顔をオレだけに見せて……。
オレの唯一の姫君。
深い眼差しで言われて、耳の端まで熱くなる。
小さな独占欲にときめいてしまう胸を、
手でそっと押さえた。
「い、嫌だよ……恥かしいし」
けれど、喜びと恥じらいは別で、小さく否定を呟けば、
ヒノエが顔を近づけてくる。
「じゃあ、眠るのを我慢するしかないかな。
因みに、顔を隠すような行動をとったら、
もっと特別な顔を見せてもらうことになるから……、
やめておいた方が良いだろうね」
「もっと特別って……何?」
「聞きたい?」
「やっぱり、やめておく」
嫌な予感がして断れば、「残念」とくすくす笑われた。
ヒノエはそのままの姿勢で、再び望美を眺め始める。
コチコチコチ……。
時計の針の進む音が、部屋に響くだけの時間。
に、焦れて、望美が口を開いた。
「飽きないの?」
「飽きないね」
間髪をいれずに返ってくる答え。
眩しそうに目を細められ、
早鐘を打つ鼓動を誤魔化す為に唇を尖らせた。
「ヒノエ君が先に寝ちゃえば、寝顔を見られないのに……」
不満を声に出せば、
ヒノエの口の端が上がって、目の奥が光った。
「つまり、オレはここで眠っていいってことだね」
「え!」
「じゃあ、我慢比べを始めようか。
姫君が先に眠るか、オレが先に眠るかの」
いつの間にか、そんな二択になっていて、
望美の目が点になる。
どこから、どうなって、そうなったの!?
頭の中の疑問符を整理している間に、
ヒノエが自分の隣に体を滑り込ませた。
外の冷えた空気がほんの少し紛れ込んだ後、
二人の体温が重なって、体を包む温度が急上昇する。
「ヒノエ君!?隣で眠るなんて駄目だよ!」
「そう?オレは駄目とは思わないけど?」
「私は思ってるのっ!」
向かい合って眠る体勢。
長い睫も口角を上げる唇も、なにもかもよく見えて、
吐息が肌をくすぐる度に、動揺して、瞳が揺れる。
「安心して……今は何もしないよ……」
囁いて、ヒノエの指先が、望美の髪に触れ、
何度も優しく梳く。
穏やかな手の動きに、強張っていた体が徐々にほぐれて、
不思議なことに、それ以上の文句が、口から出てこなかった。
「仕方ないなぁ……もう。
でも、これから……本当に我慢比べをするの?」
「んー、そうだね。
そうしたいと思っているけど、もしかしたら、
オレが先に眠ってしまうかもしれないね。
この温もりがあまりにも心地良くて、
眠りの誘惑に勝てそうにないから」
「え?ね、眠いの?」
ヒノエから先に、眠いという発言が出るなんて意外で、
望美は自分に有利だという状況も忘れ、聞き返してしまう。
「まぁね……お前の寝顔を見たかったけど、
こうして隣で眠るのも悪くないから、
どうしても眠くなったら、諦めるかな」
「……そんなに眠いんだ」
「春の陽が隣にあるせい。だろうね……」
話の途中で既に、ヒノエの口調はとろとろとしたものに変わっていて、
瞼もゆっくり閉じたり開いたりを繰り返している。
それから、二言三言交わしている間に、
ヒノエの瞼は完全に閉じて、スーという寝息が聞こえてきた。
「ヒノエ君?あの……眠ったの?」
答える人がいないと知っていて、問いかける。
指で軽く頬を突いても、起きなくて、望美は呆れた溜息を吐いた。
「振り回すだけ振り回して、ずるいよ」
でも、そんなところが。
「大好きなんだよね」
相手の目を見て言えない不甲斐無さに苦笑して、
望美も静かに瞼を閉じる。
緊張して眠れない。そう思っていたのに、
ヒノエの規則正しい呼吸を耳にしているうちに、
ゆるゆると意識を手放した。
そして、浅い夢をいくつか通り過ぎて、深い眠りに落ちる。
そのギリギリのところで、ベッドの軋む音と衣擦れの音を聞いて、
望美は、ほんの少しだけ眠りの世界から引き返した。
「そろそろ眠った頃かな……。
ふふっ、オレが先に起きれば、オレの勝ちになるんだよ……姫君。
寝顔、ご馳走様」
内緒話をするような、微かな声の後。
蜂蜜みたいにとろりとした口づけが与えられる。
「オレも大好きだよ……オレの唯一の姫君」
甘い甘い告白は。
唇に何度も触れる柔らかな感触は。
本当に現(うつつ)なのか。
その答えを知りたくて、半分寝ぼけた状態で、
腕を僅かに上げ、手探りでヒノエの髪に指を埋めた。
「そんな風に煽る方法……どこで覚えたんだい?」
からかう口調に滲むのは恋情。
そして、深まる口づけ。
この先にある夜の姿は、誰にも見せられない。
それは、恋を繋げた二人だけが目に出来る姿なのだから。
end
阿蒼さまのサイト3minさんより戴いてきました09年お年賀フリー小説でヒノエ×望美の甘々なお話しです。
迷宮設定。(戴いてからUPまでに時間が経ってしまいました;)
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二次創作に興味のない方等は回れ右して下さい。
お話しの権利は上記の方にありますので二次配布やご迷惑になる様な行為は一切お止め下さい。宜しくお願いします。
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